矢倉沢関所
矢倉沢関所
矢倉沢関所

矢倉沢関所

矢倉沢関所跡(末光家)

江戸時代に入り、東海道の最重要である箱根関所が整備されましたが、それに伴い、矢倉沢にも箱根の脇関所として矢倉沢関所が設置されました。ここは、定番人屋敷、蔵、番所である矢倉沢裏関所で構成され、通行人の取り締まりを行いました。周り七十間(約126m)を超える柵や竹垣、生垣、茨垣といった防御施設も備え、その後施設の拡張も行われました。関所は小田原藩によって管理され、時期によって変化があるものの、藩士二名、定番士三名(うち一名は裏関所番)、足軽、中間等若干名が配置されました。矢倉沢関所は明治になって廃止されましたが、末光家には、門柱の礎石、数枚江戸幕府は江戸の西方を防御するため東海道の箱根に関所を設けたが、その東海道の脇街道5箇所にも関所を設けた。根府川(小田原市)、仙石原(箱根町)、川村、谷峨(山北町)そして矢倉沢関所である。江戸時代前期の貞享3年(1686年)によると矢倉沢関所には侍2人、番卒3人、足軽2人、中間1人という人員配置の記録が残る。関所制度は明治5年に廃止されるが、現在の関所跡のご当主は最後の御定番の子孫である。関所時代の石垣、門柱の礎石が残り、石碑が建っている。

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